フランス戦後文化政策の軌跡:「幸福な日々」から「文化例外」まで

 

第二次世界大戦中のフランスにおいて、対独レジスタンス組織が地下活動の中で起草した共通綱領幸福な日々(Les Jours Heureux)」(1944年採択)は、戦後フランスの社会保障や経済政策の土台となりました。

 

この綱領の根底にあったのは、「人間の尊厳を守り、一部の経済的権力から社会を解放する」という強い理念です。

 

この理念は、戦後のフランス社会において「文化・芸術は単なる消費財(商品)ではなく、国家が保護し育成すべき特別なものである」という確固たる文化政策へと結実していきました。

 

本記事では、レジスタンスの精神を受け継ぎ、国家主導で芸術と文化を擁護してきたフランスの戦後文化政策の歴史と、その具体的な仕組みについて解説します。

 

  1. 文化省の創設と「文化の民主化」(ド・ゴール政権)

 

戦後のフランス文化政策が本格的に制度化されたのは、1959年の第五共和政成立時です。

 

シャルル・ド・ゴール大統領は、世界で初めて独立した「文化省(正式名称:文化問題省)」を創設し、初代大臣に作家のアンドレ・マルローを任命しました。

 

マルローが掲げた最大の目標は「文化の民主化」です。

 

一部の特権階級やパリの知識人だけが享受していた芸術を、全国のあらゆる国民が享受できるようにすることを目指しました。

 

その象徴的な政策が「文化の家(Maisons de la Culture)」の全国展開です。

 

地方都市に劇場、美術館、図書館を兼ね備えた複合文化施設を建設し、誰もが最高峰の芸術に触れられる環境を国費を投じて整備しました。

 

芸術を市場原理から守る「文化例外(L'exception culturelle)」

 

フランスの文化政策を語る上で欠かせないのが、「文化例外(レクセプシオン・カチュレル(L'exception culturelle)」という概念です。

 

これは「文化的な生産物(映画、音楽、書籍など)は、一般の貿易商品と同じように自由市場の競争に晒してはならない」とする思想です。

 

1990年代のGATT(関税貿易一般協定)交渉などで、アメリカがハリウッド映画をはじめとする自国コンテンツの自由化を迫った際、フランスは強硬にこれに反対しました。

 

自国の言語や文化の多様性を守るため、独自の保護システムを構築しています。

 

映画産業の保護システム(CNC)

 

フランス映画がハリウッドの巨大資本に飲み込まれず、現在でもヨーロッパ随一の製作本数と多様性を誇っているのは、国立映画映像センター(CNC)による強力な支援があるためです。

 

フランスでは、映画館の入場料やテレビ局の売上から一定の税金(特別税)を徴収し、それを独自の基金にプールします。

 

この資金が、新たなフランス映画の製作補助金として還元される仕組みになっています。つまり、アメリカのブロックバスター映画がヒットすればするほど、フランスのインディペンデント映画の製作資金が潤うという極めて合理的なシステムです。

※ブロックバスター(blockbuster)映画とは、興行的に大成功を収めた、巨大な制作費と宣伝費をかけた大作映画のこと

 

書籍の再販制度(ラング法)

 

1981年に制定された「ラング法(書籍価格維持法)」は、本の価格を出版社が決定し、書店での値引きを原則として禁じる法律です。これにより、大型スーパーマーケットや巨大オンライン書店による不当な値引き競争を防ぎ、街の小さな独立系書店と、多様で専門的な出版文化を保護しています。

 

  1. 文化の裾野の拡大と予算倍増(ミッテラン政権)

 

1981年に誕生したフランソワ・ミッテラン政権下で文化相に就任したジャック・ラングは、マルロー時代のエリート主義的な「高尚な芸術」だけでなく、文化の定義を大きく拡張しました。

 

ロック、ジャズ、漫画(バンド・デシネ)、ファッション、さらにはサーカスや料理に至るまで、大衆文化や生活文化も「国家が支援すべき文化」として認定しました。

 

また、文化省の予算を国家予算全体の1%にまで倍増させるという画期的な措置をとりました。

 

毎年6月21日に国中で音楽が演奏される「音楽の祭典(Fête de la Musique)」も、ラング文化相の発案によって始まり、現在では世界中に広まっています。

 

  1. 芸術家を支える社会保障「アンテルミタン・デュ・スペクタクル」

 

フランス政府は、文化を保護するためには「文化の担い手」の生活を保障しなければならないと考えています。

 

その中核となるのが「アンテルミタン・デュ・スペクタクル(Intermittents du spectacle)」と呼ばれる、舞台芸術や映像産業に携わる非正規労働者向けの特別な失業保険制度です。

 

俳優、音楽家、舞台技術者などの仕事は、公演や撮影期間にのみ雇用契約が結ばれるため、収入が極めて不安定です。

 

しかし、芸術活動には本番だけでなく、オーディション、リハーサル、創作に向けた準備期間が不可欠です。

 

この制度は、一定期間内に規定の労働時間を満たせば、仕事がない期間(準備期間)にも手厚い失業手当が給付される仕組みです。

 

このセーフティネットがあるからこそ、若き才能や前衛的な芸術家が、経済的な不安に押しつぶされることなく創作に専念できる環境が維持されています。

 

フランスの文化政策は、「文化は国民の精神的な豊かさの源泉であり、国家の誇りである」というレジスタンス期からの揺るぎない哲学に支えられています。

 

市場原理や効率主義にすべてを委ねるのではなく、国家が明確な意志を持って文化を保護・育成するその姿勢は、文化行政のあり方について世界に重要なモデルを提示し続けています。

 

フランス・レジスタンスの偉業:CNR綱領「幸福な日々」から学ぶ。

 

【本編】レジ・ルネ・ライン(反抗から復興へ)