中野重治の詩に対する姿勢をよくあらわした詩があります。それが「歌」です。
歌
お前は歌ふな
お前は赤まゝの花やとんぼの羽根を歌ふな
風のさゝやきや女の髪の毛の匂ひを歌ふな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥(はじ)き去れ
すべての風情を擯斥(ひんせき)せよ
もつぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸先を突き上げて来るぎりぎりのところを歌へ
たゝかれることによつて弾ねかへる歌を
恥辱の底から勇気をくみ来る歌を
それらの歌々を
咽喉(のど)をふくらまして厳しい韻律に歌ひ上げよ
それらの歌々を
行く行く人々の胸廓にたゝきこめ
「擯斥(ひんせき)」は「しりぞけること。のけものにすること。排斥」の意。
「歌」は、中野重治独自の詩論と呼んでも差し支えないでしょう。
以前、中野重治の詩「機関車」を紹介したことがあります。
明治維新から始まった日本近代詩の流れから、中野重治は大きく逸脱していることは明らかです。
しかし、中野重治の詩が追求したテーマは、人が人であるために、人が人らしくあるために、どうしても必要な命題であると思えてなりません。