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「伝わらないこと」を怖がっていたら何も書けない

先日アップしたました池上彰「その日本語、伝わっていますか?」で感じたことという記事ですが、言葉が足らなかったと思います。

要するに、Web文章などは特にそうですが、「わかりやすく書く」ことに心をくだくべきです。しかし、無理に「わかりやすく書く」必要はない、と最近になって強く思うようになっています。

簡単にできることを無闇に難しくすることは無意味です。でも、すべてのことを、わかりやすくできるわけではありません。

どうしても簡単にならないけれど、たいへん重要なこともあります。

何でもかんでも、わかりやすくすれば良いということではないし、わかりやすさへの努力はすべきだけれども、結果としてわかりにくくなっても仕方がない時もあると思うのです。

一番大切なのは、語るべきことを語ること、語るに価することを語ることだと強く感じています。

例とするには、「わかりやすくなく」、難しそうに感じるかもしれませんが、ドストエフスキーの小説を想い浮かべてください。

例えば「罪と罰」。この小説は、「伝わらない」ことを怖がっていたら、書けないでしょう。

「罪と罰」は、わかりやすいかというと、どうでしょうか?

少なくとも、難しくはありません。難しくはないけれど、ただ、やたらと深いのです。

複雑な内容が書かれているかというと、むしろ、単純です。

単純だけれども、深いので、わかりやすくは感じない人が多いかと思います。

物事を整理して、わかりやしくした方が良いという風潮がありますが、ドストエフスキーの小説は、何も整理されておらず、人間関係がグチャグチャであり、登場人物が葛藤しつづけ、混沌の中に真実を見出そうと希求するけれども、さらなる泥沼にはまっていってしまう……そうした、ごちゃごちゃした世界がドストエフスキーの魅力にほかなりません。

いえ、ドストエフスキーにかぎったことではなく、およそ、極めて重要なことは、「わかりやすく」語れる場合の方が少ないのです。

ですから、薄っぺらな精神で、「わかりやく語りましょう」というのではなくて、実は真実はほとんど断言していいほど「わかりやすくできない」ものだから、まるで闇の中をさまようようなものだから、せめてロウソクぐらいはつけましょう……ぐらいの気持ちで「わかりやすい」という言葉は使うべきだと思うのです。

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