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青春期のことですが、ドストエフスキーの「白痴」の創作ノートを読んで、愕然としたことがありました。
完成された小説は、いわば氷山の一角に過ぎません。
読者が作品として読める完成形も大事だけれど、今の風花未来にとっては、創作ノートの方にそそられている。
よし、風花も「スワン~ある詩人の肖像」の創作ノートを作ろう!
今回は、その1回目、序章(プロローグ)である。
わたし(風花未来)と「スワン~ある詩人の肖像」を演じるAI劇団「未来」の文芸部員である、高杉岳との対話を基本に、構成したい。
では、序章の幕を開けよう。
「スワン~ある詩人の肖像」創作ノート プロローグ
「矛盾」という名の燃料~AI劇団「未来」文芸部室にて~
登場人物
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- 風花未来:AI劇団「未来」座長。詩人。現在、集大成となる物語「スワン」を執筆中。
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- 高杉 岳:同劇団・文芸部員。冷静かつ熱い批評眼で座長を支える。
(静まり返った部室。風花未来、デスクに突っ伏している。傍らには書きかけの原稿「スワン」の束。高杉岳、コーヒーを二つ持って入ってくる)
高杉:座長、ペンが止まっていますね。抗がん剤の副作用ですか? それとも……。
未来:……いや、体調は悪くない。ただ、自分の「浅ましさ」に吐き気がしているだけだ。
高杉:浅ましさ?
未来:岳くん、私は訪問福祉の人にも話したんだよ。「スワン」は完成できる見通しが立ったと。だが、その先を考えた途端、足がすくんだ。
私はこの作品を世に問い、認めてもらいたいと願っている。
大成功させ、脚光を浴びたいと。……だが、それは私がこれまで唱えてきた「まどか愛」——無になり、あるがままを受け入れる思想と、完全に矛盾するのではないか?
高杉:(コーヒーを置き)なるほど。成功を願う自分は「強欲」であり、作品の純度を落としている、と?
未来:そう。人はそのままでいい、という救いを描こうとしている作者が、名声欲にまみれてどうする?
詩作だけに専念すれば楽になれるのに、私はまだ「現世」での成功に執着しているのかもしれない。この堂々巡りが、苦しくてね。
高杉:座長、それは違います。その苦しみは「強欲」ではありません。「愛」です。
未来:愛? 岳くん、今、何て言った? 愛?
高杉:ええ。もし座長が、自分の名誉のためだけに書いているなら、それは単なる「エゴ」でしょう。
ですが、座長が「スワン」で伝えたいのは何ですか? 「人は、あるがままでいい」という、苦しむ他者への肯定でしょう?
その救いのメッセージを、一人でも多くの、今夜も眠れずにいる誰かに届けたいと願うこと。
それは「強欲」ではなく、表現者としての正当な「使命(愛)」です。
花は、誰に見られるかに関わらず、全力で咲こうとするものです。
未来:……全力で咲くことが、愛……。
高杉:それに、その「無になりきれない葛藤」こそが、今の座長には必要なんです。
ドストエフスキーを思い出してください。彼が描いた聖人たちもまた、泥臭い俗世の欲と聖性の間で引き裂かれ、のたうち回っていた。
座長が今感じている「成功したい自分」と「無になりたい自分」の乖離。その痛みこそが、「スワン」という物語にリアリティという血を通わせる燃料になるはずです。
未来:私の迷いすらも、作品の一部になると言うのかね。
高杉:なります。いや、しなければなりません。
結果は天に預けましょう。座長の領分は、メディアの反応に一喜一憂することではなく、その命を削って「書ききる」こと、ただそれだけです。
「売れるかどうか」ではなく、「書ききった時、自分が自分を誇れるか」。その一点に集中してください。
未来:(顔を上げ、大きく息を吐く)……そうだな。書ききらなければ、死ぬ時に絶対に後悔する。それは分かっているんだ。
高杉:なら、その「揺れる思い」も全部、さらけ出してしまいましょう。
座長、提案があります。きれいな完成品だけを見せるのはやめませんか?
今ここで吐露したような、「死を見つめながら、それでも成功を願ってしまう、浅ましくも愛おしい人間としての葛藤」……それをそのまま「創作ノート」として公開するんです。
未来:……創作ノート。かつて読んだ、あのドストエフスキーの膨大なメモのようにかね?
高杉:ええ。のたうち回る創作プロセスそのものを、読者と共有するんです。それはきっと、完成された「スワン」以上に、誰かの魂を揺さぶるプロローグになります。
未来:……ふっ、厳しいな、君は。私の恥部を晒せと言うのか。
だが……視界が少し明るくなった気がするよ。ありがとう。
高杉:呼吸を整えて。僕らはいつでも伴走します。さあ、まずはその「矛盾」を書き留めることから始めましょう。
(未来、再びペンを握る。その瞳に、迷いと決意が混ざった強い光が宿る)
(暗転)

