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今回は金子光晴の「落下傘」をご紹介します。
この詩は三部構成なのですが、長くて解釈が困難な箇所も少なくなく、相当に詩を読み込んでいる人以外は、苦手意識を抱いてしまうであろうとことを考慮し、あえて、第一部のみを引用しました。
落下傘
一
落下傘がひらく。
じゆつなげに、
旋花〔ひるがほ〕のやうに、しをれもつれて。
青天にひとり泛〔うか〕びただよふ。
なんといふこの淋〔さび〕しさだ。
雹〔ひよう〕や
雷の
かたまる雲。
月や虹の映る天体を
ながれるパラソルの
なんといふたよりなさだ。
だが、どこへゆくのだ。
どこへゆきつくのだ。
おちこんでゆくこの速さは
なにごとだ。
なんのあやまちだ。
この詩が「戦争に愚かさ」と「戦争を起こした人間の卑しさ」を嘆き、訴えた、反戦の詩であることを、まずご理解ください。
その上で、解釈が難しいと想像される以下の連を分析してみます。
まずは、意味が取りづらいと思われる箇所を解説します。
月や虹の映る天体を
ながれるパラソルの
なんといふたよりなさだ。
- なぜ「落下傘」を「パラソル(日傘)」と呼んだのか?
ここには、金子光晴の詩人としての恐ろしいほどの表現力が隠されています。
- 視覚的な類似: 丸く開いて空から降りてくる落下傘の形を、開いた傘に見立てています。
- 強烈なギャップと皮肉: パラソル(日傘)という言葉は、本来「平和」「日常」「女性的な優雅さ」「夏の日の散歩」といった、柔らかく穏やかなイメージを喚起します。
- しかし、ここで描かれているのは、兵士を戦場(死地)へと送り込むための軍事兵器です。殺し合いの道具を、あえて平和の象徴のような「パラソル」と言い換えることで、戦争という行為の異常さ、不自然さを強烈に浮き彫りにしています。
- 圧倒的な脆さの表現: パラソルは薄い布と細い骨でできた、風に飛ばされやすい脆いものです。
- 重装備の兵士が、そんな薄っぺらい布一枚に命を預けて宙吊りになっていることの「異常な無防備さ」を強調しています。
- 「月や虹の映る天体を / ながれる」の意味
この部分は、落下傘で降下していく兵士の目に映る(あるいは兵士を包み込んでいる)空間の広がりを描写しています。
- 壮大な自然と、ちっぽけな人間の対比: 「月」や「虹」が映る「天体」とは、人間社会の争いなどとは無関係に存在する、悠久で美しく、圧倒的に巨大な宇宙や大自然のことです。
- 抗えない運命(たよりなさ): その壮大で無機質な大空間の中に、ひとりの人間が「パラソル」のように薄っぺらく、ポツンと浮かんでいる。
- 自分の足で立つことも、自分の意志で方向を決めることもできず、ただ重力と風(=国家の命令や時代の狂気)にまかせて流されていくしかありません。
- 解説のまとめ
つまり、「月や虹の映る天体をながれるパラソル」という一文は、「宇宙という途方もなく美しく巨大な空間の中で、戦争という不条理によって空に放り出され、薄い布一枚に命を預けて流されていく人間の、究極の孤独と無力感」を表現しています。
だからこそ、すぐ次の行の「なんといふたよりなさだ。」という言葉が、読者の心に重く、深く突き刺さるのです。
以上が、最も意味がとりづらいとおもわれる箇所の解説となります。
では、以下で、この第一部の全体をとおした鑑賞を試みてみましょう。
金子光晴「落下傘」第一部 徹底鑑賞
- 英雄ではなく、ただの「か弱い命」としての描写
落下傘がひらく。 じゆつなげに、 旋花〔ひるがほ〕のやうに、しをれもつれて。
- 「じゆつなげに(術無げに)」の衝撃:
- 当時、落下傘部隊といえば「空の神兵」と称えられた国家の英雄でした。しかし金子は、勇ましい言葉を一切使いません。
- 「術無げに(なす術もなく、どうしようもなく)」という言葉で、国家の命令によって空中に投げ出された人間の「自分ではどうすることもできない無力さ」を暴き出します。
- 「しをれもつれて」降る花:
- 落下傘を、夏の太陽の下で咲くひまわりではなく、すぐにしおれてしまう儚い「昼顔」に例えています。
- 兵士を戦争の道具ではなく、もろく傷つきやすい「一個の生命」として見つめる、金子の深いヒューマニズムと哀しみが込められています。
- 究極の孤独と直面する瞬間
青天にひとり泛〔うか〕びただよふ。 なんといふこの淋〔さび〕しさだ。
- 群れから切り離された「個」:
- 軍隊という集団の中にいても、ひとたび空に放り出されれば、そこには何のしがらみもない青空が広がるだけです。上官も戦友も助けてはくれません。
- 死と隣り合わせの空間で、たった一人で重力に身を任せるしかない、人間という存在の「根源的な孤独(淋しさ)」が突きつけられます。
- 無関心な大自然と、人間の営みの脆さ
雹〔ひよう〕や 雷の かたまる雲。 月や虹の映る天体を ながれるパラソルの なんといふたよりなさだ。
- 絶対的な宇宙と、人工物の対比: 恐ろしい雹や雷、美しい月や虹。これら悠久の大自然や宇宙(天体)は、人間のちっぽけな戦争になど全く無関心です。
- その圧倒的なスケールの前では、最新兵器である落下傘も、ただ風に流されるだけの華奢な「パラソル(日傘)」に過ぎません。
- 「たよりなさ」に込めた命の危機感:
- この「たよりなさ」は、物理的な布切れの薄さだけでなく、権力者の都合でいとも簡単に散らされてしまう「人間の命の軽さ」に対する悲痛な叫びでもあります。
- 奪われた自己決定権への問い
だが、どこへゆくのだ。 どこへゆきつくのだ。
- 操縦できない運命:
- パラシュートは自らの意志で目的地を選ぶことができません。
- 風(=国家の命令や時代の狂気)に流されるまま、戦場という名の死地へ向かって落ちていきます。
- これは、自分の頭で考えることをやめ、大きな力に流されて戦争へと向かっていった当時の国民全体への、鋭い問いかけでもあります。
- 主権や自由を奪われるとはどういうことか、端的に表しています。
- 「あやまち」に対する根源的な怒りと覚醒
おちこんでゆくこの速さは なにごとだ。 なんのあやまちだ。
- 落下する恐怖と覚醒:
- 重力に引っ張られ、加速しながら大地(戦場)へと引きずり込まれていく身体的な恐怖が「この速さ」という言葉に表れています。
- 最大のハイライト「なんのあやまちだ」:
- 詩の最後で、金子はついに根源的な疑問を叩きつけます。
- 若者たちが空から降って殺し合わなければならない現実。
- 「これは一体、誰が犯した、何の過ちなのか」。
- 戦争を正当化するあらゆる理屈を吹き飛ばし、戦争そのものが「人類の巨大な過ち(あやまち)」であると断罪する、魂からの抗議の声です。


