今回は島崎藤村の「初恋」というをご紹介。

 

初恋

 

まだあげ初めし前髪の

林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛の

花ある君と思ひけり

 

やさしく白き手をのべて

林檎をわれにあたへしは

薄紅の秋の実に

人こひ初めしはじめなり

 

わがこゝろなきためいきの

その髪の毛にかゝるとき

たのしき恋の盃を

君が情に酌みしかな

 

林檎畑の樹の下に

おのづからなる細道は

誰が踏みそめしかたみぞと

問ひたまふこそこひしけれ

 

純愛をうたった詩は、案外少ない。少ない上に、その中で詩として優れた作品はもっと少なく、極めて貴重です。

 

島崎藤村の「初恋」は、その意味で、日本近代文学の尊い財産と言えるでしょう。

 

詩が四つの連で構成される場合、第三連では「転調」されます。つまり、詩の調子が変るのです。

 

この「初恋」も、三番目の連で、ハッとするような変化を示します。

 

島崎藤村と恋する女性との距離が、接近する。ためいきが髪の毛にかかるほど、二人の恋は匂い立っているのです。

 

島崎藤村の代表作は、どれもこれも、極めて技巧的であり、文学的であります。

 

七五調の詩が多いので、技巧に目がいきにくいのですが、精緻を凝らして言葉を構成していることが注意深く分析すると明らかになります。