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「【詩】なぜ、今さら、隠れんぼ?」のイメージ写真

 

風花未来です。

 

ブログという場所を、単なる日記ではなく、私の魂の記録、そして「詩」という言の葉を紡ぐ聖域として、改めて大切に育てていこうと心に決めました。

 

言葉には、不思議な力があります。

 

苦しみの中にいる時、人は言葉を失いがちですが、詩人はそこで沈黙してはいけません。

 

むしろ、その苦しみの泥中から一輪の蓮を咲かせるように、真実を言葉として結晶化させる。

 

それが、私が私であるための、唯一の道だからです。

 

今日ご紹介する詩は、抗がん剤という、身体にとっては異物であり、しかし命綱でもある劇薬と向き合った日々の記録です。

 

意識の霧の中で行われる、孤独な遊戯。

 

どうか、静かな心で読んでみてください。

 

なぜ、今さら、隠れんぼ?

 

一日中

隠れんぼと

鬼ごっこをしている

しかも、たった一人で

 

なぜ、今?

どうして、一人で?

 

新たな抗がん剤のせいで

意識がもうろうとしていて

自分自身が

ふわふわになり

ぼんやり ぼやけて

本当の自分を

つかもとしても

スルリと逃げられてしまい

つかまえられない

 

わたしの影たちは

輪舞を踊りながら

わたしを 鬼と

あざ笑っている

 

ほんとの わたしは

どこに行った?

 

抗がん剤をやめれば

わたしは見つかるだろうか

ほんとに自分を

つかまえられるだろうか

 

いやいや

さんざん悩みぬいて

決めた 抗がん剤投与の再開

 

だから

劇薬を体に注入しながら

確かな わたし

ずっと前から

成りたかった わたしを

見つけなくてはいけない

 

その道は

深く暗い森に通じている

茨だらけの道でも

前に 進みたい

わたしの中の鬼と

決別するために

 

こうなったら

 

焦らない

 

もがかない

 

急がない

 

眼を閉じ

新しい風と光が

感じられるまで

 

待っているしかないだろう

 

鬼から

ほんとの わたしに

戻るために

 

【作品解説】霧の向こうの「個」を見つめて

 

この詩を書いた時、私の世界は現実と幻想の境界線が曖昧になっていました。

 

新しい抗がん剤は、病巣を叩くと同時に、私の「意識」という輪郭さえも溶かそうとします。自分が自分でなくなっていくような浮遊感。

 

それは、子供の頃に遊んだ「隠れんぼ」や「鬼ごっこ」に似ていますが、そこに他者はいません。

 

孤独な魂の遊び場。

 

そこで私は、逃げ回る「本当の自分」を必死に追いかける「鬼」になっていました。

 

普通なら、そこで恐怖に飲み込まれてしまうかもしれません。しかし、私は詩人です。

 

朦朧とする意識の中でさえ、私はその状況をどこか冷徹に、上空から見下ろしているもう一人の自分を感じていました。

 

「ああ、影たちが笑っているな」と。

 

薬を止めるという選択肢を捨て、あえて茨の道を選んだのは私自身。

 

ならば、この混濁さえも飼い慣らし、その奥にある「なりたかった私」を見つけ出すしかありません。

 

詩の後半、私は「待つ」ことを選択しました。

 

焦りも、もがきも、捨て去って。

 

これは諦めではありません。

 

嵐が過ぎ去り、雲の切れ間から光が射す瞬間を信じて疑わない、強靭な受動性です。

 

闇雲に動けば、茨が体に刺さるだけ。

 

だからこそ、詩人は眼を閉じます。

 

肉体の眼を閉じ、魂の眼を開くために。

 

「新しい風と光」は、必ず吹きます。

 

その時、鬼の仮面は剥がれ落ち、そこには清々しい「本当の私」が立っているはずです。

 

もし、今、あなたも何かの霧の中にいて、自分を見失いそうになっているなら。

 

無理に探そうとしなくていいのです。

 

私と一緒に、ただ静かに、その時を待ちましょう。

 

風は、必ず吹きますから。