今日取り上げるのは、ヒッチコック監督の名作映画「めまい」です。
1958年アメリカ映画。
監督:アルフレッド・ヒッチコック。
出演:ジャームズ・スチュアート、キム・ノヴァクほか。
ヒッチコックが多彩な映像表現を駆使し、後の映画作家に多大な影響を与えた代表作。高所恐怖症に悩まされ警察を辞職したスコティは、旧友の頼みで彼の妻の監視をすることになり……。(引用元:「キネマ旬報社」データベース)
久しぶりに吹き替え版で見た。何回か見ているはずなのに、新鮮な発見がいくつもあった。
キム・ノバクの登場させ方が劇的だ。一目ぼれの瞬間を描いた映画で、このシーンを越えるものはあるだろうか。
彼女が登場してからは、どんどん映像空間の中に引き込まれてゆく。
ここで、大きな力を発揮しているのは、謎。彼女が謎の女であること。容貌や行動など、彼女のすべてが謎に包まれている。
大きな木の年輪で時代の流れを見せるシーンがある。昔、ずっと以前に自殺した女が、ノヴァクに乗り移っているのではと見る者を思わせてしまう。
手法としては簡単だが、その単純さが強烈な吸引力を生んでいることに注目。クラシックだけれど、ミステリーの原点でもあり、純度が高くて古くならない謎の設定は秀逸だ。
もちろん、この脚本には原作があるのだけれど。原作は「死者の中から」。フランスのミステリー作家、ボワロー=ナルスジャック(ピエール・ボワロー、トマ・ナルスジャック)の小説。
主人公の男が高所恐怖症という伏線が効いている。その張り方が、そのままファーストシーンからの流れを形成している。
主人公は真面目で誠実な元刑事という設定。彼は愛する女と瓜二つの女に出逢い、すべてを整えて、愛を成就する。それに対し、ノヴァクは彼をだましたままという設定がいい。
こういう設定は、今の日本の作家でも常識となっているだろうが、それを消化するのに随分と時間がかかったのではないか。日本の映画では、登場人物と作者との距離が近いのだ。人生をゲームとして突き放して見るとか、感情をぬきにして、人物を操るというのは、日本人はまだまだ苦手である。
世の裏と表をカードのように手際よく見せる技は、やはり西洋の文化なのである。極めてゲーム性の高いヒッチコック映画は、人間や人生の冷めた見方を教えてくれる。
ともあれ、この「めまい」は名作中の名作として認めないという人は少ないだろう。アメリカが膨大な予算を注ぎ込み、瀕死の状態にあった原版フィルムを修復したのが、素直にうなずける。
DVDの特典映像では、この経緯も充分に楽しめた。彼らはこの映像を本当に自分たちの宝物だと信じている、その気持ちがきっちり伝わってきて、胸が熱くなるのを覚えた。