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ドストエフスキーは『白痴』執筆中、友人に以下の言葉を書き送りました。
「もしも、私がこの新作を救済できなければ、私自身もきっと滅びてしまうに違いありません」
ドストエフスキーが手紙の中で語った言葉は、新潮文庫(木村浩氏による翻訳・解説)の巻末で触れられたことで、広く知られるようになりました。
では、その人物とは、いったい誰なのか?
当時の背後関係について詳しく解説いたします。
告白の相手は「男性の親友」
この手紙の宛先はアポロン・マイコフ(1821–1897)という男性の詩人です。
マイコフは、ドストエフスキーにとって生涯にわたる無二の親友であり、思想的・文学的な最大の理解者でした。
ドストエフスキーがシベリア流刑から帰還した後、二人の絆は特に深まり、ロシアの将来や正教会の信仰について深いレベルで語り合える数少ない間柄でした。
なぜこれほど切羽詰まった告白をしたのか?
この手紙が書かれた1867年末から1868年初頭にかけて、ドストエフスキーは人生のどん底とも言える極限状態にありました。
当時、彼は多額の借金から逃れるためにロシアを離れ、スイスのジュネーヴなどで事実上の逃亡生活を送っていました。
重度のてんかん発作に苦しみながら、あろうことかルーレット(ギャンブル)にのめり込み、生活費はおろか妻の衣服まで質に入れるほどの極貧状態に陥っていたのです。
そんな中、雑誌『ロシア報知』から前借金をして書き始めたのが『白痴』でした。
しかし、1867年12月、彼はそれまで書き溜めた原稿の出来に絶望し、なんとすべてを破棄してしまいます。
雑誌の締め切りは目前に迫っていました。ここで何としても傑作を書き上げられなければ、前借金を返せず債務者監獄行きとなり、作家としても人間としても完全に終わってしまいます。
マイコフへの手紙(ロシア旧暦1867年12月31日/新暦1868年1月12日付)に書かれた「新作を救済できなければ〜」という言葉は、決して文学的な比喩などではなく、文字通り自身の「命と人生の破滅」を懸けた、血を吐くようなSOSであり、決意表明だったのです。
孤独な異国生活の中で、彼が一切の虚勢を捨てて弱音と覚悟を打ち明けられたのは、親友マイコフだけでした。
『白痴』にまつわる二人の重要な女性
『白痴』の執筆においてドストエフスキーの魂を支えた、二人の重要な女性についても、ここでぜひ、ご紹介させてください。
- 姪 ソフィヤ・イワノワ(『白痴』の献辞の相手)
ドストエフスキーがマイコフに切実な手紙を書いたのとほぼ同時期(新暦1868年1月13日)、彼は自身が深く敬愛し、娘のように可愛がっていた姪のソフィヤにも長文の手紙を書いています。
実は、『白痴』の真のテーマ(秘密)を打ち明けたのは、この愛するソフィヤ宛の手紙においてでした。
彼はそこで「この小説の主要な考えは、無条件に美しい人を描くことです」と、キリストに匹敵する純粋な人間(ムイシュキン公爵)を現代に描き出すという壮大な野心を告白しています。
そして完成した『白痴』は、彼女に捧げられました。
- 妻 アンナ・スニートキナ
当時、極限状態の異国生活を共にしていた20歳以上も年下の若き後妻アンナです。
彼女は速記者としてドストエフスキーの口述筆記を行い、彼のギャンブル依存や貧困、激しい感情の波に耐え抜き、実務的にも精神的にも彼を支え続けました。
ドストエフスキーが「自分自身が滅びてしまう」危機から実際に彼を救済したのは、間違いなくこの妻アンナの無償の愛と忍耐でした。
手紙の宛先こそ男性の親友でしたが、『白痴』という類まれな傑作が誕生する背景には、極限の苦悩を分かち合った親友と、彼の魂と生活を支え続けた女性たちの存在が不可欠だったと言えます。


