久しぶりにヒッチコックの映画を見た。「パラダイン夫人の恋」である。
途中まで、これは傑作かもしれないと期待が膨らんだが、最後まで見ると、期待ほどではなかったというのが正直な感想である。
ただ、何回も傑作になりそうな気配は感じられた。その意味は、二人の女性の描き方。
パラダイン夫人を演じたアリダ・ヴァリ、弁護士役のグレゴリー・ペックの妻を演じたアン・トッドに関しては、前半はヒッチコックらしさが垣間見られた。
しかし、後の「めまい」「ダイヤルMを回せ」「マーニー」などのような確かな結実、後半の異様なまでの盛り上がりは、この「パラダイン夫人の恋」には、なかったのである。
アリダ・ヴァリといえば「第三の男」「かくも長き不在」などの主演した名女優である。
これほどまでの女優の潜在能力を、ヒッチコックほどの名匠が引き出せなかったのは、信じがたい。
ひょっとすると、アリダ・ヴァリの独特の強烈な存在感が、ヒッチコック好みではなかったのかもしれない。
もう一人の女優であるアン・トッドは、いかにもヒッチコックが好みそうな美女。前半は特に良かったが、後半に失速してしまった。
これも、ヒッチコックの演出が不充分だったからだ。名匠にしては、実に珍しい。
このように書いてしまうと、どうしようもない駄作のようだが、見ようによってはかなり楽しめると思う。
素材に恵まれながら、突き抜けられず、不完全燃焼に終わった、ヒッチコックらしからぬ凡作が「パラダイン夫人の恋」である。
ヒッチコックらしからぬ点がもう一つある。
それはラストシーンだ。珍しく、妻の言葉によって「人生肯定」で重苦しい法廷ドラマは終わる。
「人生肯定」が似合わないのがヒッチコックなので、この点も奇妙な印象を受けた。