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清掃員画家・ガタロさん:捨てられゆくものに命の光を見出す表現者の軌跡

 

NHKのドキュメンタリー番組などを通じて広く知られるようになった「清掃員画家」こと、ガタロさん。

 

使い古された清掃道具や広島の風景を、魂を削るような力強い筆致で描き続ける彼の素顔と、その表現の根底にあるものについて解説する。

 

  1. プロフィール:ガタロ(本名・福井英二)

 

  • 生い立ち: 1949年、広島県生まれ。本名は福井英二。被爆者の父を持ち、親戚の多くを原爆で亡くしている。

 

  • 清掃員としての歩み: 33歳の時(1982年頃)から、広島市の市営基町高層アパート内にあるショッピングセンターで清掃員として働き始める。
  • 当初は仕事への葛藤もあったが、以後35年以上の長きにわたり、毎朝の清掃業務に従事してきた(71歳で退職)。

 

  • 画業の始まり: 働きながら、自らが現場で使う清掃道具の佇まいに美しさを見出し、拾ってきたクレヨンなどでスケッチを始める。
  • やがてその作品群が注目を集め、「清掃員画家」として高く評価されるようになった。

 

  1. 主な活動内容:現場からの視点とヒロシマの記憶

 

  • 早朝の労働と創作の両立: 毎朝午前4時から9時半頃までショッピングセンターの清掃を行い、その後に絵筆を握るというストイックな生活を長年継続している。

 

  • 「ヒロシマ」と向き合う: 画業の初期である30代の頃には、365日毎日原爆ドームに通い、500枚以上のスケッチを描き残した。
  • 近年では、ロシアによるウクライナ侵攻に衝撃を受け、再び原爆ドームを描き始めるなど、常に社会の動向と「ヒロシマの記憶」に連帯した表現を行っている。

 

  • 師・四國五郎との絆: 広島の詩画人であり、平和運動家であった四國五郎を「人生の師」と仰ぐ。
  • 被爆地の精神性や、名もなき市井の人々、そして声なきものに寄り添うという深いヒューマニズムは、四國氏から強く受け継いだものである。

 

  1. 特に際立った特徴:すり減ったモノに宿る「命の尊厳」

 

彼の作品の最大の特徴は、世間一般では「汚い」と敬遠されがちな、使い古されたモップ、ちりとり、すり減ったデッキブラシなどに「究極の美」を見出している点にある。

 

汚いモノをきれいにする清掃道具ほど美しいモノはない」という自身の言葉通り、身を粉にして働き、ボロボロになって捨てられていく道具たちの姿に、懸命に生きる名もなき人々の姿(あるいは労働者としての自らの姿)を重ね合わせている。

 

過剰なまでの執念で描き込まれた道具の絵は、単なる静物画を超え、労働と命の尊厳を訴えかける肖像画のような力強さを持っている。

 

  1. 日常生活と家族:妻とのエピソード

 

孤高の画家のように思われがちなガタロさんだが、その地道な日々を精神的・物理的に支え続けてきたのは奥様の存在である。

 

  • 収入格差を超えた結婚: ガタロさんが清掃の仕事を始めて7年が経過した頃、現在の奥様と結婚した。
  • 当時、奥様は看護師として働いており、清掃員のガタロ氏よりもはるかに収入が多かったという。
  • しかし、彼女は条件や肩書きではなく、ガタロさんの飾らない実直な人柄に強く惹かれて結婚を決意した。

 

  • 仕事への献身的な支え: 結婚後、奥様は一時期、長年勤めていた病院を退職し、夫の清掃の仕事を手伝い、共に現場で汗を流した時期もあったという(現在は再び看護師として勤務している)。
  • 世間的な評価が定まるずっと前から、表現者として、そして一人の人間としての彼を信じ抜いた奥様の深い愛情と理解が、彼の力強い創作活動の基盤となっている。

 

  1. 最近の動向と今後の活動計画

 

70代半ばを超えた現在も、その創作意欲は全く衰えていない。

 

  • 心の奥の「底火」を描く: 2026年2月には、広島県三原市のギャラリーにて個展「ガタロ ソコヒ 展―底火・悲しみの燠(おき)―」を開催した。
  • 人の心の奥底で燻り続ける「底火」や、言葉にならない深い悲しみをテーマにした「ソコヒ」シリーズなど、約40点を発表している。

 

単なる「清掃道具を描く画家」という枠組みを超え、人間の内面に潜む根源的な悲しみや、社会の理不尽に対して静かに、しかし熱く火を灯し続けるような表現へと、その芸術はさらなる深化を見せている。

 

今後も、広島という土地に根を下ろし、市井の労働者の視点から人間の真実を問いかける活動が期待されている。

 

ガタロさんと四國五郎について

 

「ガタロさんが描く町」で朗読された、ガタロさんの詩「まどえ」