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本郷新が制作した「嵐の中の母子像」の特異な造形の意味

 

嵐の中の母子像

 

札幌市の北海道立近代美術館の前庭や、広島市の平和記念公園などに設置されている本郷新(ほんごう しん)制作のブロンズ像「嵐の中の母子像」は、鑑賞者に強烈な印象を残す傑作です。

 

右手に乳飲み子を抱え、左手で背中にすがるもう一人の我が子を必死にかばいながら、大きく身を屈めて暴風に耐えようとする母親の姿が表現されています。

 

西洋美術において伝統的な、穏やかで神聖な「聖母子像」のイメージとは対極にある、生々しくも圧倒的な造形美を持ったこの作品は、どのような背景から生まれたのでしょうか。

 

制作の経緯と意図:戦後日本の「母と子」を見据えて

 

本作は1953年(昭和28年)に制作され、同年の新制作協会展に出品されました。

 

彫刻家である本郷新は、制作にあたり「キリスト教の聖母子像や、伝統的な仏教美術とは異なる、現代の日本における母子像とは何か」というテーマを探求しました。

 

その結果たどり着いたのが、戦後の厳しい社会状況下に置かれた母と子の姿を造形化することでした。

 

タイトルにある「嵐」とは、単なる自然現象の風雨ではありません。

 

戦争や原爆、そして戦後の過酷な社会情勢といった、人間に容赦なく襲いかかる「時代の悲劇」のメタファーです。

 

本郷自身はこの作品について、「とことんまで生きようとする母子の像を通じて、人間の生命の尊厳を象徴づけた。単なる母子像というより、二つの世代に横たわる悲劇の記念碑である」という趣旨の言葉を残しています。

 

平和祈念像としての異質性と凄み

 

北村西望(きたむらせいぼう)作の長崎市にある「平和祈念像」や、樽谷清太郎(たるたに せいたろう)が制作した北九州市の「復興平和記念像」に代表されるように、多くの平和モニュメントは、天を指差したり、空を見上げたりする「超越的・象徴的」なポーズをとっています。

 

これらは到達すべき「理想の平和」を体現したものです。

 

一方で、「嵐の中の母子像」は極端に重心を低くし、大地に踏みとどまるポーズをとっています。

 

天に向かって平和を讃えるのではなく、今まさに理不尽な暴力(嵐)から生命を守り抜こうとする「人間の闘いと苦悩」そのものが刻み込まれています。

 

広島平和記念公園にも1960年(昭和35年)にこの像が設置されましたが、数ある祈念モニュメントのなかでも、試練に立ち向かう生々しい愛情を通して「平和への切実な渇望」を逆説的に浮き彫りにしている点で、極めて特異な立ち位置を占めています。

 

彫刻作品としての魅力と鑑賞の視点

 

本作の彫刻としての優位性は、その「動的で力強いフォルム」にあります。

 

女性の像でありながら、腕や脚の筋肉は太く逞しく造形されています。

 

これは肉体的な筋力を写実したというよりも、あらゆる外敵から我が子を守り抜こうとする「母親の本質的な強さと深い愛」を、肉体のボリュームへと変換し表現したものです。

 

三角形の安定した構図のなかに、風に向かう前のめりの姿勢、身をよじる衣服のドレープ、すがりつく子どもたちの緊張感が詰め込まれており、360度どこから見てもダイナミックな生命力を感じ取ることができます。

 

おわりに

 

「嵐の中の母子像」は、半世紀以上前に制作された作品でありながら、現代を生きる私たちにも強く訴えかける力を持っています。

 

戦争や災害、社会的な苦難といった「嵐」は、いつの時代も形を変えて人々を襲います。

 

この特異なポーズをとる母子像の前に立つとき、私たちは「平和とはただ与えられるものではなく、生命を慈しみ、守り抜こうとする強い意志の中にある」という事実に改めて気づかされるのではないでしょうか。

 

広島平和記念公園「嵐の中の母子像」の解説映像

 

こちらの動画では、広島平和記念公園に設置されている同作のブロンズ像のスケール感や、力強く造形された腕や脚のディテールなどを実際の風景とともに確認することができます。