今回は風花未来自身が編んだ「音楽」という詩集の巻頭詩「孤独な指揮者」をご紹介。
孤独な指揮者
指揮者は
タクトをまだ降り降ろさせない
静寂の底で
肩を震わす不安
さわやかに流れだす
風の調べへの期待
不意打ちをかませる
あの野獣への恐怖
指揮者は
タクトをまだ降り降ろさない
雷鳴はまだか
虹はいつ空を飾るのか
木の葉のざわめきは
夜の霧の悲愁は
いつ聞こえてくるのだ
いつこの闇を濡らすのだ
そんな勝手な聴衆の期待に
背中をむけて
黒い影は
まだピクリとも動かない
自分の曲を初めて指揮する
この孤独な音楽家には
聴衆の拍手を期待する余裕はなかった
そんなことより
この曲こそ
一度タクトを振り降ろせば
やり直せないのだ
終わりのない曲なのだ
終わっては困るのだ
そのことのほうが怖かった
大切だった
指揮者がタクトを
さらに高々とかかげた
次の瞬間
白い棒が
闇の一点を
閃光のように指示した