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金子みすゞの「青い空」と風花未来の「わたしの願い」。

 

この二つの詩はどちらも「空」という空間に心を寄せていますが、そこに見出す「救い」の形が対照的であり、前回の議論(みすゞの生命力と風花未来の癒やし)を象徴するような素晴らしい組み合わせです。

 

以下に、視点、色彩、自己の在り方、そして「重力」へのアプローチという観点から詳しく比較・論述します。

 

  1. 「空」の捉え方:冒険の場 vs 避難の場

 

二人の詩人が見上げる「空」は、物理的には同じものでも、心理的な意味合いが全く異なります。

 

  • 金子みすゞ「青い空」:未知への没入(アクティブ)

 

みすゞにとっての空は、飛び込むべき「海」として描かれます。

 

「なんにもない」場所ですが、それは虚無ではなく、無限の可能性が広がる「青」です。

 

彼女は空を眺めるだけにとどまらず、「とび込んで」「ずんずん泳いで」いきたいと願います。ここには、世界と一体化しようとする能動的な生命力と、好奇心に満ちた冒険心が溢れています。

 

  • 風花未来「わたしの願い」:重力からの解放(パッシブ)

 

風花未来にとっての空は、重力(=社会のしがらみ)のない「真空」としてのシェルターです。

 

「人間界の生きるジタバタ」から離れる場所として空が設定されており、そこは冒険する場所ではなく、「ふうわり」と漂うための場所です。

 

ここには、疲弊した現代人が求める受動的な休息(シェルター)としての空があります。

 

  1. 自己の在り方:変身 vs 消失(希釈)

 

※希釈(きしゃく)とは、濃い液体(原液)に水などの「溶媒」を加えて、濃度や純度を低く薄めること

 

空という空間において、「私」がどうありたいかという願いにも大きな違いが見られます。

 

  • みすゞ:「雲」になる(存在の変容)

 

「ひとすじ立てる/白い泡、/そのまま雲に/なるだろう」

 

みすゞは、空を泳ぐというアクションを起こし、その結果として生じた「泡」が「雲」になるという変身(メタモルフォーゼ)を描いています。

 

自分が泳いだ軌跡が空の一部(雲)として残る、あるいは形を変えてそこに在り続けるという、「個」が宇宙の一部へと昇華されるイメージです。

 

  • 風花未来:「意味のないもの」になる(存在の希釈)

 

「白っぽく/ほうけたものでいたい」「意味のないもので/ずっと/いれたらなぁ」

 

風花未来は、何者かになることを拒否します。むしろ、名前も役割も意味も持たない、ぼんやりとした存在になりたがっています。

 

これは、常に「意味」や「価値」を問われる現代社会において、「何者でもなくていい」という究極の許しを求めていると言えます。自己を確立するのではなく、自己を薄め、透明にしていきたいという願いです。

 

  1. 色彩とオノマトペ(修辞学的比較)

 

言葉の選び方(レトリック)にも、それぞれの世界観が色濃く反映されています。

要素 金子みすゞ「青い空」 風花未来「わたしの願い」
色彩 コントラストが鮮明

 

「青い空」と「白い泡(雲)」。真夏の昼のような、くっきりとした輪郭と眩しさがあります。

淡く、ぼやけている

 

「白っぽく」「ほうけた」。輪郭線がなく、パステルカラーや霧の中にいるような色彩感覚です。

オノマトペ 「ずんずん」

 

力強く水をかき分ける音。意志の強さと前進するエネルギーを感じさせます。

「ふうわり」「ジタバタ」

 

「ふうわり」は浮遊感、「ジタバタ」は地上での苦闘。この対比により、軽やかさへの憧れを強調しています。

文体 断定と推量

 

「ゆきたいな(願望)」「なるだろう(予感)」。想像の世界での確信に満ちています。

独白と願望

 

「〜いたい」「〜いれたらなぁ」。ため息交じりの、切実な祈りのようなトーンです。

 

  1. 思想的背景:「生命の賛歌」と「現代の癒やし」

 

この二つの詩を比較すると、二人が読者に何を与えようとしているかが明確になります。

 

  • 金子みすゞは、「想像力の翼」を与えます。

 

地上の生活がどんなに波風のない退屈なもの、あるいは不自由なものであっても、想像力を使えば空は海になり、私はそこを自由に泳ぐことができる。

 

そんな「心の自由」と「世界の再発見」を提示しています。

 

  • 風花未来は、「無為の肯定」を与えます。

 

一生懸命生きること(ジタバタすること)に疲れた人に対し、「意味のないものになりたい」と詩人が率先して願うことで、「生産的でなくてもいい、ただそこにいるだけでいい」というメッセージを伝えています。

 

これは現代的なメンタルヘルスの観点に近い、「Being(あること)」への肯定です。

 

結論:二つの「軽やかさ」

 

どちらの詩も、重苦しい現実から離れて軽くなることを描いていますが、その方向性が違います。

 

  • 「青い空」は、垂直方向への飛翔です。エネルギーが上へ上へと向かい、雲へと変わる生命の躍動があります。

 

  • 「わたしの願い」は、重荷を下ろした浮遊です。エネルギーをゼロにし、風に身を任せることで得られる安らぎがあります。

 

「元気を出したい時」はみすゞの青い空に飛び込み、「もう頑張れない時」は風花未来の白い空間でただよう。

 

そのように読み分けることで、私たちの心はバランスを保てるのかもしれません。