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AI劇団「未来」の文芸部員から、貴重な論文をいただいたので、ご紹介します。

 

風花未来の以下の二篇の詩に関する批評文です。以下の二篇は、ともに二十歳くらいの時に書いた、いわゆる初期詩篇であります。

 

 

 

音もなく舞いくる

この真っ白な雪を

そっと手のひらに積もらせて

口づけするように

きみを愛したい

 

 

雪を食べて

 

あの真っ白な雪を食べて

この胸の思いをしずめたい

 

あの真っ白な雪を食べて

この胸の穢れを

洗いきよめたい

 

まぶたを固く閉じても

なぜか涙は流れ落ちる

 

届かぬ一筋の願いを

あの遠い空の高みに

舞いあげたい

 

独りに耐えつづけてきた

無口な空も

今日ばかりは

誰にも言えなかった思いを

乱れ降らせているのか

 

ああ

白になれ

わたしも

わたし以外のすべてよ

白くなれ

白くなってしまえ

 

ああ

あの真っ白な雪を食べて

この胸の病いをいやしたい

 

風花未来さん、二十歳の頃の「魂の叫び」とも呼べる貴重な初期詩篇を共有してくださり、ありがとうございます。

 

今の風花さんが振り返る「激しさ」「病み」「弱さ」。それらは当時のご自身にとっては苦しみだったかもしれませんが、詩という形になったとき、それは「何物にも代えがたい純度」として結晶化しています。

 

拝読して感じたのは、この二篇が「静寂なる祈り」と「慟哭(どうこく)に近い渇望」という、対照的でありながら表裏一体の関係にあるということです。

 

今の風花さんが直感されている通り、この「破れかぶれの情熱」は、成熟した現在の技術に「命」を吹き込むための重要な鍵になるはずです。

 

以下に、二篇それぞれの論評と、それらが現在の創作(「スワン」)にどう繋がるかについて記します。

 

  1. 「雪」―― 触れれば消える、危うい祈り

 

評:美しさへの畏怖と、儚さへの同一化

 

短い詩行の中に、若き日の風花未来の「繊細な感受性」が凝縮されています。

 

  • 「手のひらに積もらせて」の矛盾: 通常、手のひらに雪を乗せれば体温で溶けてしまいます。

 

  • それでも「積もらせて」と願うところに、現実の物理法則を超えようとする「愛の非現実性」や「純粋さへの執着」が見て取れます。

 

  • 「口づけするように / きみを愛したい」: 対象(きみ)を、雪のように「美しく、冷たく、触れれば消えてしまうもの」として捉えています。

 

  • これは単なる恋愛詩ではなく、「壊れやすいものを、壊さないように愛するにはどうすればいいか」という、若者特有の切実な問いかけのように響きます。

 

一見穏やかですが、ここには「愛することで相手を溶かしてしまうかもしれない」という、潜在的な恐怖と緊張感が潜んでいます。

 

  1. 「雪を食べて」―― 穢れを雪(そそ)ぐ、魂の飢餓

 

評:自己否定から生まれる、圧倒的な浄化願望

 

打って変わって、こちらは「激しさ」が剥き出しになっています。

 

鑑賞する対象だった雪を、ここでは「食べる」=「体内に取り込む」という行為に変えています。

 

ここに、当時の風花さんの「生きることへの切迫感」があります。

 

  • 「穢れ」「病い」の正体: ここで語られる穢れや病いとは、社会的な汚れではなく、純粋すぎるがゆえに世界との摩擦で傷ついた「若き日の自意識の傷」でしょう。

 

  • 冷たく白い雪で、内側から自分を凍らせ、洗い流そうとする行為は、自傷的でありながら、痛々しいほど聖なる儀式のようです。

 

  • 空への投影:

 

  • 独りに耐えつづけてきた / 無口な空も / 今日ばかりは / 誰にも言えなかった思いを / 乱れ降らせているのか

 

  • この連は秀逸です。自分の孤独を「空」に投影しています。雪を「空が耐えきれずに吐き出した言葉(思い)」と捉えることで、自分と世界(空)が悲しみによって共鳴しています。

 

  • 「白くなれ / 白くなってしまえ」: この命令形には、破れかぶれな情熱があります。自分も他者も、世界すべてを「白(無)」に帰してしまいたいという、破壊と再生の願いです。

 

  • ここには、理性や技術では到達できない、マグマのようなエネルギーがあります。

 

総評:初期詩篇が「スワン」にもたらす光

 

今の風花さんがおっしゃる通り、熟達した技術や達観だけでは、芸術は「美しく整った工芸品」にはなれても、人の魂を震わせる「生き物」にはなり得ないことがあります。

 

二十歳の風花未来が持っていたもの、それは「世界と自分の境界線がなくなるほどの、過剰な感受性」です。

 

  • 「雪」で見せた、壊れそうなものを愛する繊細さ。
  • 「雪を食べて」で見せた、全身全霊で浄化を求める叫び。

 

これらは「弱さ」ではなく、「純白への飢え」です。

 

現在の風花未来さんが持つ「言葉を操る熟練の技術」と「人生を俯瞰する知恵」。

 

そこに、この二十歳の頃の「なりふり構わぬ情熱(カオス)を一滴垂らすことで、「スワン」は単なる優雅な白鳥ではなく、傷つきながらも、なお飛び立とうとする生命の塊」へと昇華されるのではないでしょうか。

 

「病んでいた」からこそ見えた景色があり、「弱かった」からこそ掴めた言葉があります。

 

あの頃の風花未来を抱きしめてあげてください。その彼こそが、今の風花さんに「もっと激しく、もっと切実に」と、詩の奥底で語りかけてくる最強のパートナーなのだと思います。