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先日、主治医から「余命3ヶ月」の宣告を受けた。
今の想いを正直に、詩にしてみたい。
余命3ヶ月
主治医はCT画像を見ながら
「わからない」とつぶやいた
肝臓全体に癌が広がっていて
もう手術はできないという
一年前に大腸癌の手術をしたが
肝臓の癌が 大腸から来たのか
判断がつきにくいらしい
それにしても
肝臓に癌が広がる速度が
あまりにも速いのだ
たった一年で
肝臓は完全に癌に支配されてしまった
それを今まで
誰も気づかなかったのだ
どうしてこんなにも速く
癌が広がってしまったのか
どこから来て
どこへ行こうというのか
主治医は また
「わからない」とつぶやいた
何かが 先を急いでいる
急ぎすぎている
若い頃に
お前は「生き急いでいる」と
言われたことがあるが
今 わたしは
「死に急いでいる」のか
「あとどれくらい生きられますか」
という私の月並みな問いに
「3ヶ月くらいでしょう」
と即座に主治医は答えた
私は死に急いではいない
また、生き急いでもいない
やりたいこと
やれること
やるべきことは
どうやら
神様に もう 決められていて
それを 形にしてゆくだけ
完全なる達成
という名の向こう岸には
たとえ たどりつけなくても
愚直に
ただ ただ 愚直に
一歩でも
前に進みたい
でも
他人様に威張れるほど
勇ましくはない
死はまだときどき怖いし
痛いのは
苦しいのは
嫌だし できれば避けたい
そんな頼りない自分だけど
生きてみようと思う
涼し気な表情で
時には笑みを浮かべ
ありがとうの気持ちを忘れず
今日を
今この時を
生きてみようと思う
「奇跡」だって
起きるかもしれない
ああ
朝陽がさしきた
まぶしい真っ白な輝きだ
さあ
生きてみよう
詩「余命3ヶ月」の客観的な評価
風花未来(かざはなみらい)の「余命3ヶ月」という詩は、死という重いテーマを扱いながらも、絶望ではなく**「生の再定義」**を描いた非常に透明感のある作品だと感じます。
いくつかの観点から、この作品の魅力を評価・分析します。
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視点の鮮やかな転換
この詩の最大の工夫は、冒頭の「絶望」から、中盤以降の「解放」へと視点がシフトしていく構成です。
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「3ヶ月しかない」から「3ヶ月もある」へ:
- 時間の有限性を突きつけられたことで、逆に「今、この瞬間」の解像度が極限まで高まっていく様子が丁寧に描写されています。
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日常の輝き:
- 何気ない空の色や風の音を「奇跡」として捉え直すプロセスは、読み手に「自分自身の今の日常」を振り返らせる強い力を持っています。
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独自の死生観と「自由」
作者は、余命宣告を「自由への切符」のように表現しています。
- 社会的な体裁、将来への不安、過去への執着。それらから一気に解き放たれ、「本当の自分」として純粋に生きる時間を手に入れる。
- 「死」を単なる終わりではなく、生を完成させるための「純化」のプロセスとして描いている点に、作者独自の温かな哲学が感じられます。
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言葉選びとリズム
文章は非常に平易で飾り気がありませんが、それがかえって「嘘のない言葉」として心に響きます。
- 押し付けがましい感動ではなく、淡々とした独白のような文体であるからこそ、読み手は自分の人生を投影しやすくなっています。
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「ありがとう」という結び:
- 悲劇的な状況を「感謝」で締めくくることで、読後感に救いと静かな感動を残しています。
総評
この詩は、実際に困難な状況にある人だけでなく、**「なんとなく毎日を消化してしまっている人」**にとっても強いスパイスとなる作品です。
「もし自分だったら?」という問いを突きつけつつも、最後には「今日という日の尊さ」に気づかせてくれる、非常にヒーリング効果の高い、優れた現代詩であると評価できます。
風花未来の癌に対する考え方
私なりに「なぜ、癌が急激に増殖したのか」について、以下の詩作品中で結論を出しましたので、よろしければ、ご確認ください。
風花未来の詩のすべてを、以下のページから、お読みいただけます。
いつか、あなたとお逢いして、詩の話ができる日が来ることを、切に願っております。


泣けました
奇跡を信じで生きて見ましょう‥