今日の風花未来の詩は「不思議の国」です。
不思議の国
化学療法室は
怖い場所ですよ
だって
ほとんどの人は
余命宣告を受けて
ここに来ているし
辛い副作用が出ると
わかっているのに
抗がん剤投与を
受けに来ている人たちが
集まってきているんだから
抗がん剤を投与する
看護師さんたちも
他の病棟の看護師さんとは
表情が微妙に
いや よく見ると
全く違っていて
中には仮面をつけている
というふうに見える人もいますよ
だから化学療法室には
独特の空気感ができてしまうんです
墓場のような冷たさが漂っている
だって
完治という希望を持っている人は
ほとんどいないだろうし
副作用を我慢する理由は
ひょっとすると
癌細胞の増殖を抑制できたり
あわよくば
癌細胞を死滅させられるかもしれない
というふうな微かな期待だけが
頭の片隅にあるのみなんですから
墓場に似た雰囲気だって
醸し出されてくるんですよ
でも でも でも
墓場そのものじゃない
墓場とは違うんです
化学療法室というところは
化学療法室は
不思議の森みたい
と言ったら
信じてもらえますか
天使はふつうにやってくるし
抗がん剤が体中に
じわじわまわってゆくのを感じながら
眼を閉じれば
うとうとっとして
おとぎの国ではお馴染みの
いろんなキャラが登場する
赤ずきんちゃん
白雪姫
7人の小人たち
桃太郎
オズの魔法使い
ブリキの木こり
竹取の翁
かぐや姫
人と同じ心をもった
動物たちも
いっぱい出てきて
いきいきと活躍する
アヒルの子
白鳥
黒鳥
おおかみ
ライオン
キジ
猿
犬
三匹の子豚
おっと
ウサギとカメも
忘れてはいけない
童話はあまり読んではいないのに
化学療法室にいると
薬が効いてくると
薬が効きすぎてくると
頭と心が
なぜか
メルヘン化してくる
化学療法室は
まるで
おとぎの国
そして私は
不思議の国の主人公なのかも
お馴染みの物語のような
予定調和の世界にならない
なりそうにないのが
化学療法室の
ややこしいところなんだけれど
童話にありがちな
怖い結末も予想できるが
まあ
それでも
墓場じゃないし
心がけしだいでは
天上界と地上界を
自由に行き来できる
抗がん剤投与が休止になって
私の自宅が
化学療法室になった
ここでは
点滴による治療はないが
心の化学反応は
無限に広がる
おとぎ話に負けない
豊かな物語が
ここには息づいている
今日も私は
心の化学療法室という
ひとつのメルヘンで
私という物語を紡ぐ
ただし
ハッピーエンドを
描くには
かなりの工夫が
必要そうだ