バレエといえば「白鳥の湖」のような、美しくも悲しい物語を想像する方が多いかもしれません。

 

しかし、今回ご紹介する「ドン・キホーテ」は、それとは全く異なる「底抜けに明るく、笑いがあり、エネルギーに満ち溢れた喜劇」です。

 

スペインの陽気な街を舞台に、若い恋人たちのドタバタな恋騒動を描いたこの作品は、バレエを初めて観る方にも心からおすすめできるエンターテインメント作品です。

 

  1. 基本データ

 

まずは、作品の基本情報をご紹介します。

 

項目 詳細
原作 ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』
作曲 レオン・ミンクス
振付 マリウス・プティパ(後にアレクサンドル・ゴルスキーらが改訂)
初演 1869年(モスクワ・ボリショイ劇場)
上演時間 約2時間〜2時間半(休憩含む・演出により異なる)

 

原作は有名な小説ですが、バレエ版ではドン・キホーテ本人が主役ではなく、「彼が立ち寄った街にいる若い恋人たち」が実質的な主役となっています。

 

  1. 魅力的な登場人物たち

 

物語を彩る、個性豊かなキャラクターたちです。

 

  • キトリ(ヒロイン): 宿屋の看板娘。お転婆で勝気、情熱的でチャーミングな女性。

 

  • バジル(ヒーロー): 貧しいけれど陽気な床屋の青年。キトリの恋人。

 

  • ドン・キホーテ: 騎士道物語の読みすぎで、自分を中世の騎士だと思い込んでいる老郷士。キトリを自分の憧れの姫「ドゥルシネア」だと思い込みます。

 

  • サンチョ・パンサ: ドン・キホーテの従者。食いしん坊で少しおっちょこちょい。

 

  • ロレンツォ: キトリの父親。娘を金持ちの貴族と結婚させようと企んでいます。

 

  • ガマーシュ: キトリに求婚する、お金持ちで気取った貴族。少し間抜けに描かれるコメディリリーフ。

 

  1. 詳しいあらすじ(各幕の展開)

 

全3幕(演出によってはプロローグ+3幕など)の展開を分かりやすく解説します。

 

第1幕:バルセロナの広場

 

舞台は活気あふれるスペインのバルセロナ。

 

宿屋の娘キトリと床屋のバジルは愛し合っていますが、父親のロレンツォは娘をお金持ちの貴族ガマーシュと結婚させようとしており、2人の交際に大反対しています。

 

そこへ、旅の途中のドン・キホーテと従者サンチョ・パンサが到着します。

 

ドン・キホーテは美しいキトリを見て、自分の夢の中の姫だと勘違いし、彼女にうやうやしく挨拶をします。

 

広場はお祭り騒ぎとなりますが、その隙を突いてキトリとバジルは駆け落ちしてしまいます。

 

第2幕:ジプシーの野営地〜ドン・キホーテの夢〜居酒屋

 

【前半】 逃げた2人が辿り着いたのはジプシーたちの野営地。追ってきたドン・キホーテは、そこにあった風車を「巨大な敵」と思い込み、突撃して吹き飛ばされて気を失ってしまいます。

 

【夢の場】 気絶したドン・キホーテは、森の精(ドライアード)たちやキューピッド、そして美しいドゥルシネア姫(キトリに瓜二つ)が優雅に踊る美しい夢を見ます。

 

【後半】 舞台は変わって街の居酒屋。父親とガマーシュがついにキトリとバジルに追いついてしまいます。

 

無理やりガマーシュと結婚させられそうになったその時、バジルが隠し持っていたカミソリで自分の胸を突き、狂言自殺を図ります(もちろん嘘です)。

 

ドン・キホーテの取り成しもあり、父親は「どうせ死ぬのだから」と二人の結婚を渋々認めます。その瞬間、バジルは元気に起き上がり、大団円となります。

 

第3幕:公爵の城(結婚式)

 

キトリとバジルの盛大な結婚式が執り行われます。

 

スペインの民族舞踊や、主役2人による華やかな踊り(グラン・パ・ド・ドゥ)が次々と披露され、幸福な空気の中で幕を閉じます。

 

ドン・キホーテは二人の幸せを祝福し、再び新たな冒険へと旅立っていきます。

 

  1. 知っておきたいバレエ専門用語

 

鑑賞の前に少しだけ用語を知っておくと、楽しみが倍増します。

 

  • マイム(パンマイム): セリフの代わりに、身振り手振りで感情や状況を表現する演劇的な動作。胸に手を当てて「愛している」、顔の横で指を回して「あの人は頭がおかしい」など、コミカルなマイムが本作には多数登場します。

 

  • キャラクター・ダンス: スペイン舞踊やジプシーの踊りなど、各国の民族舞踊をベースにしたバレエ用のダンス。カスタネットやタンバリンを使い、情熱的に踊られます。

 

  • チュチュ: バレエ特有のスカート状の衣装。「ドン・キホーテ」の第1幕ではフリルが付いたスペイン風のドレス、第2幕の夢の場や第3幕では、ピンと横に張った「クラシック・チュチュ」が見られます。

 

  • フェッテ(Fouetté): 片脚を軸にして、もう片方の脚を鞭(むち)のように振って連続回転する大技。

 

  1. 見どころの踊りと鑑賞のポイント

 

この作品最大の魅力は、なんといっても「超絶技巧」の連続です。

 

最大のハイライト:「グラン・パ・ド・ドゥ」(第3幕)

 

結婚式で踊られる「グラン・パ・ド・ドゥ(Grand pas de deux)」は、主役の男女2人によって踊られるバレエの最大の見せ場です。以下の4つの構成で展開されます。

 

  1. アントレ&アダージョ: 2人で踊る優雅な入場の踊り。男性が女性を頭上高く持ち上げる「リフト」や、ポーズをピタッと止めるバランスが見事です。

 

  1. 男性のヴァリアシオン(ソロ): バジルの見せ場。高く跳躍し、空中で回転するダイナミックなテクニックが連続します。

 

  1. 女性のヴァリアシオン(ソロ): キトリの見せ場。扇子を片手に持ちながら、ポワント(爪先立ち)で軽快かつ優雅に踊ります。

 

  1. コーダ(フィナーレ): テンポの速い音楽に乗せて、2人が交互に大技を披露します。ここでキトリが披露する「32回転のフェッテ」は、バレエダンサーの技術の結晶とも言える圧巻のシーンです。

 

ここが優れている!

 

  • 演劇性と舞踊の融合: クラシックバレエの厳格なテクニック(つま先立ちや回転)と、スペインの情熱的で土着的なリズムが完璧に融合しています。

 

  • 観客も一緒に盛り上がれる: クラシック音楽のコンサートのように静かに観る必要はありません。ダンサーが大技を成功させたり、素晴らしいバランスを見せたりした時は、上演中であっても拍手や「ブラボー!」と歓声を送るのがバレエの観劇マナーです。本作は特に拍手をするポイントが分かりやすく作られています。

 

「ドン・キホーテ」は、細かいストーリーを追わなくても、次々と展開される華やかな踊りと、明るい音楽を聴いているだけで心が弾む作品です。

 

劇場を出る頃には、きっと足取りが軽くなっていることでしょう。

 

バレエデビューには最適な演目ですので、ぜひ一度、生の舞台に足を運んでみてください。