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【書評】スマホ時代にこそ人生の道しるべになる:扇谷正造『吉川英治氏におそわったこと』
スマートフォンを開けば、絶え間なく情報が流れ込んでくる現代。私たちは日々、数え切れないほどの言葉を消費しながら生きています。
しかし、その中に「心の底から温まる言葉」や「人生の指針となるような知恵」は、果たしてどれだけ含まれているでしょうか。
効率化やスピードが最優先されるデジタル時代において、あえて立ち止まり、人間の本来の温かさや学ぶことの尊さを取り戻すための最良の一冊。
それが、扇谷正造の著した『吉川英治氏におそわったこと』です。
戦後のジャーナリズムを牽引した名編集者である著者が、国民的作家・吉川英治との交流からすくい上げた数々のエピソードには、激動の時代を生き抜いた人間の、生々しくも美しい息遣いが収められています。
晴れの日に詠まれた「生涯一書生」の誓い
本書の白眉とも言えるのが、吉川英治が文化勲章を受章した当日のエピソードです。栄誉あるその日、彼は色紙に次のような句をしたためました。
菊の日
もう一度
紺かすり 着てみたし
著者である扇谷正造は、この句に二つの深い意味を見出しています。
一つは、今は亡き母への切なる報告です。「お母さん、英治は勉強した甲斐があって、ごほう美をもらいました。さあ、これが、勲章です」という、肉親への尽きせぬ愛情と温もり。
そしてもう一つは、「紺かすり」を「書生」の象徴と捉え、自身の好んだ「生涯一書生」という決意を、人生の晴れ舞台であえて再確認したという解釈です。
頂点を極めてなお、奢ることなく学び続ける姿勢。その根底に流れる静かな詩心(しごころ)は、読む者の胸を強く打ちます。
「われ以外みなわが師」を体現した知の探求
吉川英治の学びに対する凄みは、日常のふとした瞬間に現れます。
本書には、吉川英治、石川達三、大岡昇平、石坂洋二郎、そして扇谷正造という錚々たる顔ぶれが料亭に集った際のエピソードが紹介されています。
お品書きに書かれた「強魚」という文字。誰も読めず、どんな魚かもわからない中、吉川英治ただ一人が笑ってこう答えます。
「これはシイザカナとよむ。もうお料理はひと通りまでした。しかし、おなかが何でしたら、もう一皿、お酒のオツマミにいかがですかと強いる。ですから、おなかにたまらないものがでる。たぶん、ムシガレイでしょうよ」
そして、実際に運ばれてきたのは見事なムシガレイでした。
著者はこの時、「吉川さんは百科事典を五十回読んだというのは、ほんとうだな」と深い感銘を受けます。
苦難の先に咲く、人間味という名の花
名作『新書太閤記』にも登場する「われ以外みなわが師」という有名な言葉がありますが、吉川英治の膨大な知識と深い人間理解は、決して恵まれたエリート街道で培われたものではありませんでした。
丁稚奉公の時代、廊下を雑巾がけしながら、濡れた床に文字を書いて漢字を覚えたという壮絶な苦学の過去。
泥臭く、不器用に、しかし決して希望を捨てることなく自らの道を切り拓いてきたその足跡は、人生の辛い局面や壁にぶつかっている者にとって、これ以上ないほどの励ましとなります。
おわりに
情報があふれ、何が真実かを見失いがちなスマホ時代だからこそ、こうした「人間味」がにじみ出る書物の価値は相対的に高まっています。
『吉川英治氏におそわったこと』は、単なる偉人伝ではありません。ページをめくるごとに心の淀みが浄化され、生きる勇気と学び続ける歓びが静かに湧き上がってくる、まぎれもない名著です。
デジタルデバイスから少しだけ離れ、先人の温かな声に耳を傾けてみる。それは、現代社会の中で見失いがちな「自分らしさ」を取り戻し、豊かな精神性を再発見する、かけがえのない時間となるはずです。


