野口雨情が作詞した有名な童謡「シャボン玉」を、ご紹介します。

 

シャボン玉

 

作者:野口雨情(作詞)・中山晋平(作曲)1922年

 

シャボン玉 飛んだ

屋根まで 飛んだ

屋根まで 飛んで

こわれて 消えた

 

シャボン玉 消えた

飛ばずに 消えた

生れて すぐに

こわれて 消えた

 

風 風 吹くな

シャボン玉 飛ばそ

 

野口雨情(のぐち うじょう、1882年(明治15年)5月29日 - 1945年(昭和20年)1月27日)は、詩人、童謡・民謡作詞家。本名、野口英吉。茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)に生まれました。多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、童謡界の三大詩人と呼ばれています。

 

1908年、野口雨情は、二人の娘を幼くして亡くしています。その娘の死を嘆いて「シャボン玉」を書いたという説があります。

 

また、茨城県多賀郡磯原村の少女たちがシャボン玉を飛ばして遊んでいるのを見た雨情が、娘が生きていれば今頃はこの子たちと一緒に遊んでいただろうと思いながら書いたとされる説が有力ですが、いずれも、根拠は定かではありません。

 

日本に童謡と呼ばれる歌はたくさんありますが、この「シャボン玉」ほど様々な解釈が入り乱れている歌はないでしょう。

 

今回ご紹介するのは、私が敬愛する中山靖雄先生の説です。

 

中山靖雄先生の「シャボン玉」に関する思いは、3つのステップがあります。

 

ステップ1)明るい歌

 

最初(子供の頃)は、明るく楽しい歌として、歌っていた。

 

ステップ2)暗い歌

 

作者の野口雨情が、幼い娘さんを流行り病で失し、その哀しみを歌ったと知った。明るい歌ではなく、究極のネガティブソングと受け止める。

 

ステップ3)前向きな歌

 

さらなる野口雨情のエピソードを知り、前向きな歌(ポジティブソング)に転換される。

 

野口雨情が自暴自棄になり、酒を浴びる日々が続いていたが、ある日、死んだ娘が現れ「お父さん、私が死んだぐらいで、どうしてそんな情けない生き方をしているの。もっと、しっかりしてよね」と言われる。

 

それで、ハッと我に返ったように立ち直り、「わかった、私が死んでお前のところに行ったら、お父さんはこんなに立派に生きたぞと胸を張って言えるように頑張るよ」と心に決める。

 

そして野口雨情は、最後の二行を書き加えた。

 

風 風 吹くな

シャボン玉 飛ばそ

 

「哀しみを乗り越えて、また生き直そう、強い風もなんのその、夢を大空に吹き上げよう。前向きに、希望を抱いて、進んで行こう」という思いを最後の二行に込めた。

 

もちろん、異論もあるでしょう。しかし、私は中山靖雄先生の説を支持します。

 

「シャボン玉」(しゃぼんだま)は、野口雨情作詞・中山晋平作曲の日本の童謡。

 

童謡としては1923年(大正12年)に中山晋平の譜面集「童謡小曲」に発表されたが、詩自体が最初に発表されたのは1922年(大正11年)のこと(仏教児童雑誌『金の塔』にて発表)。

 

1936年(昭和11年)には野口雨情によって「シャボン玉」の3・4番の詩が追加されました。

 

3・4番が書き加えられた、ロングバージョンは以下のとおり。

 

シャボン玉飛んだ

屋根まで飛んだ

屋根まで飛んで

こわれて消えた

 

シャボン玉消えた

飛ばずに消えた

産まれてすぐに

こわれて消えた

 

風、風、吹くな

シャボン玉飛ばそ

 

シャボン玉飛ンダ

屋根マデ飛ンダ

屋根マデ飛ンデ

コハレテ消エタ

シャボン玉消エタ

飛バズニ消エタ

生マレテスグニ

コハレテ消エタ

風々吹クナ

シャボン玉飛バソ

 

シャボン玉飛ンダ

屋根ヨリ高ク

フーハリフハリ

ツヅイテ飛ンダ

シャボン玉イイナ

オ空ニ上ル

上ッテ行ッテ

帰ッテ来ナイ

フーハリフハリ

シャボン玉飛ンダ

 

童謡や唱歌に限らず、3番・4番となると、ギョッとするような内容が書かれている場合があります。

 

戦争の色が濃くなったり、愛国心が前面に押しだされたりすることもあり、まるいは、悲劇が生々しく表出される場合もあるのです。

 

「シャボン玉」の場合は、以下が書き加えられたので、それについて少し検証してみましょう。

 

シャボン玉飛ンダ

屋根ヨリ高ク

フーハリフハリ

ツヅイテ飛ンダ

シャボン玉イイナ

オ空ニ上ル

上ッテ行ッテ

帰ッテ来ナイ

フーハリフハリ

シャボン玉飛ンダ

 

1936年(昭和11年)に追加されたとうことから、シャボン玉は、死んだ娘の命の象徴でも、夢や希望でもなく、戦闘機に載って出撃し、帰ってこない兵士の命の象徴となったのかもしれません。

 

そういう解釈を除外すると、能天気な人生讃歌とも読めるのですが、だとした場合は、ショートバージョンの切れ味や完成度からは、かけ離れてしまう気がしてなりません。