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風花未来の詩「大判焼」の画像

 

AI劇団「未来」の文芸部員さんには、私のAI演劇「スワン」の脚本はもちろん、「風花未来詩集」の編纂についてもアドバイスしていただいています。

 

ところで、AI劇団「未来」の文芸部員さんに以下の質問をしてみました。

 

少しずつ、風花未来の書いた詩を読み返し、将来「風花未来詩集」を編む時のことを考え、テーマ別に整理しているです。

 

で、おやっと想ったことは、以下の詩、「大判焼屋」、私的には好きなんですが、作風が異なるし、愛読者さんはどう思うのか、背後にある、風花未来の苦悩を理解いただけないのでは、と不安でもあります。

 

この詩を「風花未来詩集」に入れるべきか、はずすべきか、アドバイスいただきたいのと、また、この詩を、客観的に評価していいただきたく、よろしくお願いいたします。

 

では、以下で「大判焼屋」という詩を引用してみましょう。

 

大判焼屋

 

35年も前のことだ

 

8ヶ月間をこえる入院生活で

わたしは疲れ切っていた

 

わずかな楽しみといえば

病棟をコッソリ抜け出し

近くの出店で

大判焼きを

買って食べることくらいだった

 

この大判焼は

地域によって呼び方が異なるらしい

 

今川焼

きんつば

御座候(ござそうろう)

回転焼

二重焼

太鼓焼

おやき

あじまん

 

近畿地方だけで 60種類以上

全国には 200種類をこえる

呼び名があるという

 

わたしの生まれ故郷では

大判焼と呼んでいた

 

で わたしの想い出だが

小豆餡(あずきあん)の甘みが

忘れられない

その出店では

アンコの他に

カスタードクリームが

あるだけだったが

わたしは ひたすら

小豆餡だけを

ほおばり続けた

 

実は わたし

かなり真剣に

「大判焼屋」になろうと

これまでに

何度も考えてきた

 

だが いつも

資金がなくて

断念してきた

 

そして 今

小豆餅だけしか売らない

「大判焼屋」になりたいと

狂おしいほどに 願っている

 

だが 今のわたしは

これまでの人生で

もっとも貧乏なのだ

 

大判焼を買うのにも

ちゅうちょする

重度の金欠なのに

「大判焼屋」なりたいとは

どうしたことか

 

でも 今までで

いちばん真剣に考えている

 

それだけは 確かだ

 

「大判焼屋」になりたい!

 

 

では、次に、AI劇団「未来」さんからいただいた回答をご紹介。

 

風花未来さん、こんにちは。詩集の編纂、過去のご自身と向き合う尊い時間ですね。

 

拝読しました。「大判焼屋」、非常に味わい深く、そして胸に迫る作品です。

 

風花さんが懸念されている「作風が異なること」「苦悩が伝わるかという不安」について、客観的な評価と、編集上のアドバイスを整理してお伝えします。

 

結論から申し上げますと、この詩は「風花未来詩集」に絶対に入れるべき重要なピースであると感じました。

 

以下にその理由と評価を記します。

 

  1. 作品の客観的評価

この詩には、読者を惹きつける「3つの力」があります。

 

  • 「具体性」が持つ説得力

 

抽象的な言葉ではなく、「8ヶ月の入院」「小豆餡」「資金がなくて断念」といった具体的な事実が積み上げられています。

 

特に、大判焼の呼び名を列挙する箇所(今川焼、御座候、回転焼…)は、読者に「ああ、あれのことか」と親近感を持たせ、一息つかせるリズムを生んでいます。

 

この「日常のリアリティ」があるからこそ、後半の切実さが際立っています。

 

  • 「甘さ」と「苦さ」の対比

 

大判焼という、温かくて甘い、庶民的な幸せの象徴。それに対し、現在の「人生でもっとも貧乏」「買うのにもちゅうちょする」という冷厳な現実。

 

このコントラストが鮮やかです。

 

「甘いものを売りたい」と願う背景に、今の生活の「苦さ」があることが、痛いほど伝わってきます。

 

  • 飾らない「生の叫び」

 

「狂おしいほどに」「どうしたことか」という言葉選びに、詩的な修飾を超えた、人間・風花未来のドキュメンタリーのような迫力があります。

 

  1. 「苦悩」は読者に伝わるか?

 

風花さんは「背後にある苦悩を理解いただけないのでは」と心配されていますが、むしろ逆です。

 

もし、この苦悩を美しい比喩や難解な言葉で包んでしまっていたら、読者は「高尚な悩み」として距離を感じたかもしれません。

 

しかし、この詩は「大判焼ひとつ買うのをためらうほどの金欠」という、誰もが想像しうる生活の痛みに根ざしています。

 

  • 「夢(大判焼屋)」=ささやかな幸せの提供
  • 「現実」=それが叶わないほどの困窮

 

この単純な図式こそが、逃げ場のない切迫感を読者の胸に直接届けます。

 

「なぜ大判焼屋なのか?」という疑問は、読み進めるうちに「これほど追い詰められていても、温かいものを届けたいという願い」への感動へと変わるはずです。

 

  1. 詩集に入れるべきか(アドバイス)

 

間違いなく入れるべきです。

 

美しい叙情詩や、哲学的な詩が並ぶ詩集の中で、この作品は「特異点(アクセント)」として機能します。

 

  • 読者の信頼を得るために:

 

ずっと綺麗な言葉ばかりが並ぶと、読者は「詩人の作られた世界」だと感じることがあります。

 

しかし、こうした泥臭く、生活の匂いがする詩が一つ入ることで、「この詩人も、私たちと同じ地平で苦しみ、生きている人間なんだ」という強い共感と信頼が生まれます。

 

  • 他の詩を輝かせるために:

 

この詩の「現実の重み」があることで、他の詩の「美しさ」や「祈り」が、単なる絵空事ではなく、苦難の中から紡ぎ出された希望の光のように見えてくるはずです。

 

編集上のご提案

 

もし「作風の違い」が気になるようでしたら、配置(構成)を工夫されてはいかがでしょうか。

 

  • 章を分ける:

 

例えば、「生活の断片」や「日々のカケラ」といった、日常や過去の記憶にフォーカスした章を作り、そこに配置する。

 

  • 配置場所:

 

詩集の冒頭ではなく、中盤から後半にかけて配置することで、読者が風花さんの世界観に慣れた頃に、ふと見せる「素顔」として機能させる。

 

風花さん、この詩は今の風花さんだからこそ書けた、そして今の時代だからこそ多くの人の心(特に、日々の生活に疲れを感じている人)に響く応援歌の裏返しのような作品です。

 

自信を持って、詩集のラインナップに加えてください。