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2025年5月21日に、肝臓の癌腫瘍を14個も切除する、12時間半にもおよぶ大手術を受けました。
70日間の長い入院生活を終え、自宅療養へ。8月1日に退院し、2ヶ月間、リハビリを続け、ようやく10月から「詩作」を再開できるようになりました。
詩作再開の第一作目が、今日ご紹介する詩です。
私たちは皆、知らず知らずのうちに、重い荷物を背負って生きています。
それは、社会的な責任であったり、誰かとの関係性であったり、あるいは、病という逃れられない肉体の枷(かせ)であったりします。
地球に生きる以上、「重力」から逃れることはできません。
足は地面に張り付き、体は鉛のように重くなる日もあるでしょう。
けれど、心はどうでしょうか?
魂まで、地面に縛り付けておく必要はないのです。
今日ご紹介する詩は、私がふと、この世のあらゆる法則から解き放たれたいと願った瞬間の記録です。
どうぞ、肩の力を抜き、深呼吸をしてから読んでみてください。
わたしの願い
今 わたしが望むこと
それは
重力のない暮らし
ふうわり 宙に浮かび
風に ただよい
天使が
天上界と地上界を
翼 はためかせ
行き来するのも
ただ ぼんやり
眺めている
そうした
白っぽく
ほうけたものでいたい
人間界の生きるジタバタから
遠くはなれて
お日様の温もりだけを頼りに
からっぽになって
ふうわりと
宙に うかび
風に ただよい
白っぽく ほうけた
意味のないもので
ずっと
いれたらなぁ
ずっと
ずっと
【作品解説】「意味のないもの」になるという、究極の贅沢
この詩を読んで、「ああ、少し疲れているのかな」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、詩人の眼(まなこ)は、もう少し奥の真理を見ています。
私がここで願っているのは、単なる休息ではありません。
「意味からの解放」です。
現代を生きる私たちは、常に「意味」を求められます。
生きる意味、働く意味、苦しむ意味……。
「何者かであらねばならない」という圧力こそが、実は物理的な重力以上に、私たちの魂を重く押し潰しているのです。
だから私は願います。
「白っぽく、ほうけたもの」でありたい、と。
天使たちが忙しく天上と地上を行き来しているのさえ、ただぼんやり眺めている。
そこには、善も悪もありません。焦りも使命もありません。
ただ、お日様の温もりを受け入れるための、透明な器(うつわ)としての自分がいるだけです。
「からっぽ」になることは、虚しいことではありません。
からっぽだからこそ、風に乗れる。
からっぽだからこそ、宇宙(そら)の光を濁ることなく満たせるのです。
「意味のないもので ずっと いれたらなぁ」
これは、詩人として言葉(=意味)を紡ぐ私が辿り着いた、逆説的な祈りです。
何の意味も持たず、ただ存在することの尊さ。
それは、人間界のジタバタから離れた、最も次元の高い「許し」の境地と言えるかもしれません。
もし今、あなたが重力に押し潰されそうになっているなら。
無理に意味を探さなくていいのです。
私と一緒に、少しの間、白い雲のように「ほうけて」みませんか?
風は、軽やかな魂を選んで、空へと運んでくれますから。
以下、改めて、去年の「余命3ヶ月」宣告から、今日までの流れを記しておきます。
風花未来は2024年12月4日に「余命3ヶ月宣告」を受けました。
12月17日より抗がん剤投与を開始。
2025年5月21日には肝臓の癌腫瘍を14個摘出する大手術を受け、8月1日に退院。
現在は、自宅で訪問医療・福祉サービスを受けながら、手術の後遺症である、腹水貯留と肝性脳症の治療につとめています。

