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風花未来の今回の詩は「スワンが消え去った後に」です。

 

スワンが消え去った後に

 

スワンと話した者は

すぐさま

昇天しなければならないのか

 

およそ一年前

わたしは癌病棟で

「永久調和」としか言いようがない

奇跡の体験をした

 

病室で倒れ

薄れゆく意識の中で

看護師に抱き起された

あの時 わたしは

聖母マリアに抱かれるキリストのように

至福の安らぎの中にいた

 

あらゆる苦悩や悲哀が

いっしゅんに溶け

過去も今も未来も

意味を失い

乳色の光に

幼児のごとく照らされていた

 

だが しかし

その数秒後

肝性脳症の発作に襲われたのだ

 

自分が自分でなくなる

生きる指針が崩壊する

悪魔の時間に支配された

 

天国の後には

必ず地獄がやってくるのか

 

天上の恵みに浸った代償として

あらゆる秩序が崩壊する

業火を浴びねばならなかった

 

天国の調和から

地獄の混沌に

突き落とされた

あの時から 一年

今のわたしのそばには

聖母マリアも

スワンもいない

 

化学療法室には

業務をまっとうする

誠実な看護師が

見えるだけだ

 

天国から降りてきたスワンは

完全に消え去り

もう純白のオーラは見えず

清らかな羽音も

ささやきかけてこない

 

地上で けなげ働く

白衣の人の

きぬずれの音が聞こえるだけだ

 

スワンという

愛と救済の女神に逢ったら

そのまま昇天すべき

だったのかもしれない

 

天国に行かなければ

地上の矛盾や葛藤の渦に

巻き込まれて

ジタバタするしかないのか

 

天使も

スワンも

見えなくなったら

怖ろしいほど

無機質な時間が

きしみ続ける

それだけに

なってしまってはいけない

 

「永久調和」の後に来る

暗黒の不条理と苦痛をのがれ

日々の暮らしで

あの浄福の時を

引き寄せられないだろうか

 

「永久調和」など

今は求めない

求める体力も

気力もありはしない

 

ただ

今は

消えてしまった

スワンのことを

しきりと想っている

 

あの真っ白な光のことを

ただ ひたすら 想っている

 

スワンに

もう一度 逢うためには

わたしは

何をしたら良いのだろうか

 

今は スワンが見えない

手をさしのべても

届きようもない

遥かかなたに 消えてしまった