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中山靖雄 名言集:闇の時代に光を灯す「みたま」の言葉
【中山靖雄 プロフィール】
故・中山靖雄(1940~2015年)は、公益財団法人「修養団」の伊勢道場長などを歴任し、「伊勢の父」として多くの人々に慕われた教育者・思想家です。
生前、実に40万人もの人々に感動と生きる力を与え、2000年には文部科学省(当時)から社会教育功労賞を受賞しました。
人間の心や頭(感情や思考)の奥にある、天から分け与えられた本来の自己「みたま(御霊)」という日本古来の精神性を中心に据えた教えで知られています。
相手の欠点や過去の過ちを一切裁かず、ただ丸ごと包み込むような絶対的な受容の姿勢は、多くの人々の魂を救い、ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡』の監督である入江富美子氏をはじめ、各界の著名人や教育者に多大な影響を与えました。
山元加津子が主演した映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」は、未来へのバトンだ。
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運命への絶対的肯定(すべてを受け入れる生き方)
「すべては今のためにあったことです。つらかった過去もすべて今を喜んで生きるための根になっています。」
出典:『すべては今のためにあったこと』(海竜社 / サンマーク出版)
解説:
中山氏の思想の根幹をなす、最も代表的な言葉です。
人生において経験する苦難、悲しみ、後悔といったネガティブに思える過去さえも、すべては今の自分を形作り、喜びをもって生きるために天が用意した「根っこ(土台)」であると捉えています。
起きた出来事を「良い・悪い」で裁くのではなく、あるがままの命への絶対的な肯定を示す、深い癒しに満ちた言葉です。
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本来の自己「みたま」への回帰
「みたまどおりに生きることが美しいのではなく、みたまどおりに生きようとすることが美しいのです。」
出典:『すべては今のためにあったこと』関連の教えより
解説:
人間は日々、迷いや悩み、感情の揺れ(心や頭の働き)に振り回されてしまう不完全な存在です。
中山氏は、完全無欠な聖人になることを求めるのではなく、天から与えられた純粋な「みたま(御霊)」のあり方に少しでも近づこう、思い出そうと努力し続けるその「姿勢」そのものに、人間の真の美しさがあると説いています。
変わらなくてもいい、ただ立ち返ろうとするだけで尊いのだという、深い安心感を与える名言です。
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深き祈りと一念の力
「汝の思いを清めよ 汝の願いを高めよ 汝の祈りを深めよ 一念透徹すれば天地も動く」
出典:修養団 伊勢道場での講話・教え
解説:
中山氏が指導の中で大切に伝えていた「祈り」の真髄を表す言葉です。
私利私欲や小さな執着から離れ、清らかな思いで深い祈りを捧げ、その一点の曇りもない願い(一念)を貫き通したとき、不可能に思えるような大きな力(天地を動かすほどの力)がもたらされるという精神の法則を語っています。
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親心と見守る愛の本質
「花がきれいに咲くことを 根っこは祈っている。子どもという花がきれいに咲くことを、(親は)根っこのように陰から見守っている」
出典:中山靖雄氏の講話録より
解説:
子育てや教育の本質を、植物の「根と花」の営みに例えた美しい言葉です。
親や教育者は、自らが表立って目立つのではなく、地中に隠れた「根っこ」のように無償の養分(愛情)を送り続け、子どもという「花」がその子らしく咲き誇ることをひたすらに祈り、陰から見守り抜く存在であるべきだという、深い親心が表現されています。
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人間の物差しを手放す
「人間の目で見たり、人間の計算じゃなくて、天の目で見る」
出典:中山靖雄氏の講演・お別れ会等での追想より
解説:
損得勘定、世間の常識、あるいは目先の「正しい・間違っている」といった人間の小さな物差しで出来事を判断するのではなく、より高い次元である「天の視点」から物事を見るよう促しています。
この視座を持つことで、一見すると理不尽に思える現実の奥にも、自分を成長させるための深い意味(天の仕込み)が隠されていることに気づくことができます。
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自己と宇宙(社会)のつながり
「一人ひとりの世直りが、天にも世の中にも影響するのです。私の中のあなた、あなたの中の私。」
出典:『すべては今のためにあったこと』(海竜社 / サンマーク出版)
解説:
社会を良くするためには、声高に誰かを批判したり制度を変えたりする「世直し」の前に、まずは自分自身の心を整え、本来のみたまの姿に直る「世直り」が必要であるという教えです。
個人の魂の浄化は決して自己完結するものではなく、目に見えない次元で他者や社会全体、ひいては宇宙(天)にまで連動して良い影響を及ぼしていくという、万物一体の真理を示しています。
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愛すること、信じ抜くことの究極
「知ることの深さは 愛することへの道 信じること 信じきること 信じ了(おお)すこと」
出典:中山靖雄氏の残した詩・短歌より
解説:
対象(他者や自分自身、あるいは大いなる存在)を深く知ろうとする眼差しこそが愛の始まりであると説いています。
同時に、「信じる」という行為を途中で投げ出さず、たとえ裏切られるようなことがあっても最後まで完全に信じ抜く(信じ了す)ことの尊さを謳っています。
目の前の人の純粋な魂の輝きを一切疑わず、絶対的な受容の器で包み込み続けた中山氏の生き様そのものを表したような言葉です。


